カウンターの大将

懇意にしている近所の居酒屋”粋”。もう一品何を頼むかで嫁さんとメニューを吟味していた。互いに気になる”明太子スパゲッティ”という文字とカウンターに飾ってある神輿の写真を見比べて、こんな店でスパゲッティを頼む事自体果たして”粋”な行為と言えるのかどうか頭を悩ましていると、チョット前に隣の席にフラっとやって来た短パン姿のオジちゃんが『その明太子〜はオススメだよ』と声をかけてきた。迷ってるのが耳に入ったらしく、騙されたと思って食べてみるといいと言う。そこらの居酒屋ならここで笑って礼して会話遮断、というケースも多いのだろうがここは”粋”、そのまま世間話で盛り上がる。町内会の副会長さん(昭19年生)、奥さんは三年前他界、もうすぐ息子さんが結婚されるのだそうで、こちらの素性を明かすと仏教について考える所とか、滝野川という町についてだとか、いろいろと話してくれた。

坊さんについては、お高く留まらないで柔らかい仏教をやって欲しいもんだねぇなどと仰る。具体的なリクエストとしては法話20分は長過ぎるから10分で聞いている人の心を潤わせてくれと。なかなかの難題。その他励ましなども含めイロイロな話を頂戴した。

我が大学について聞くと、どんなに小っちゃかろうが地元にとっては”天下”の大正大学であり、福祉系とかいろんな学科が出来た今もイメージはそのまんま”仏教”なのだと言う。そんな彼らの期待とは裏腹に両者の関係は希薄なようで(学生レベルではそこそこあるらしいが)、そこは切っても切れない間柄、学校側(特に仏教学科の人)にはなんかうまい事やって欲しいと願う。

冗談を交えながらそんな事話して、オジちゃんのボトルの減り方も相当激しくなっていたが、チラチラ目に入る左手の指輪がその間もキチンとはまっている姿はまたなんとも微笑ましい。

そのうち蕎麦屋のおじさんが加勢、その他町の歴史だとか何十年もそこに住んでいる人の貴重な生の声を聞かせてもらい、最後には肝心の”明太子スパゲッティ”を御馳走になった。ここでこれが不味かったら台無しになっちゃうのだろうがその点は心配無し、明太子たっぷりのおいしいスパゲティだった。

地元のおじちゃんおばちゃんが集う店は彼らの言葉どおり、味よし、客よし、値段よし(+お店の大将も)。居酒屋で地元の人と和む、なんてのは酒飲みとしてちょっとした憧れも無かったわけではないから、好きな店で余計に楽しい時間となった。

一年住んだ滝野川、お蔭でちょこっと、今までにない愛着を感じるようになった。