21世紀「中年」

yooosuke2009-05-20

何週間か前の日曜、久々に渋谷へ用があって宇都宮から湘南新宿ラインに乗っていた。休日の湘南新宿ラインは行楽客で大体いつだってごった返す。

ドア横の2人掛け席には中年Bが座っていた。60代前半、メガネ、チェックのシャツをチノパンにタックインして品よく落ち着いた雰囲気を醸す。平日の企業戦士が穏やかに晴れ渡った日曜、お気に入りの美術館に癒しを求めに行く、といった風。

すると新宿に着いたところで身長150CM位、サングラスを頭にかけTシャツにカーゴパンツ、アベジョージ似の中年Aが乗ってきた。このA、仕事帰りか何か、乗車するなりそのちいちゃい体で力一杯に、重そうなリュックを上の棚に置こうとした。するとそこから水筒か何かが落ちたのか、ゴス!という音と共に目の前に座ってたBの足に当たった。すかさずAは「あっすいません!」と謝った。


危ないなぁと思いながら読んでいた文庫に再び目を落とす。電車は進む。それはそこに居合わせたすべての人にとって、よくある事、それだけの事だったはず。しかしこの日はここから少し違った。

最初は嫌な顔をするだけだったBは怒りが沸々と込み上げたか、座りながらもAをしっかと睨みつけ「気を付けなよ!」の一言を発した。おお!傍目にもAは素直な体で謝っていただけにAは勿論他の乗客もこの返しには面喰った。と同時に春の珍事が一大事件に発展する予感!乗客はWITNESS:目撃者として、その後の二人の一挙手一投足を追う準備を整えた。

するとダテにアベジョージ似ではないA、このフックで確実に点火されてしまったようでいきなり巻き舌口調で「なにぃ!?悪いと思って素直に謝ってんだろうが!」するとBも益々ひるまず「だから気を付けなよって、危ないじゃないかこんなものが落ちてきて!」「だからこっちゃ素直に謝ってんじゃねぇかこのやろう!」…。

この後交わされた言葉を逐一覚えてはいないが大体以下のようなものだった。
「こっちは痛いんだよ」「しょうがねぇじゃねぇか不可抗力だよ!」
「この痛みをどうしてくれるんだよ」「不可抗力だよ」
「不可抗力って云ったって気をつけれるだろう」
「なんだとこのやろぅ」「あんたがこの痛みを取ってくれるのか」
「おめぇ表で出ろよ」「出ないよ」「次で降りろよ」「なんでだよ」
「てめぇこのやろぅ次で表出ろよ」「わかったよ出てやるよ」
「上等だよこのやろぅ」


「この痛みを…」などと人間の一感覚を客観的に捉えてどうにかしようとする辺りは仏教諸説にも通ずる点、聞いててムム!と思う所もありはしたが、大体はまくし立てるAと穏やかにヤラシイBの難癖という構図によって取るに足らないやり取りが大声で新宿→渋谷の間延々と繰り返される。
一気に爆発するかに見えた二人のテンションも徐々に制御が働き出したかピークレベルを超えそうで超えない。
もはや大事件への発展はなさそうだ。

最初は「始まったよ…」という気まずい空気を醸し出していた他の乗客達も、電車が原宿に差し掛かる頃にはその表情はみんなどこかニヤケ気味。

Aは立ってるのに座ってるBと高さが同じというのも、なんとなくその光景をほのぼのと映し出すポイントではあったのかもしれない。

その後AとBはこんな会話を続けながら「おぅいくぞこのやろぅ」と揃って渋谷で下車、ホーム、動く歩道を並んで突き進んでゆく。私は二人の言葉が聞き取れる距離を保ちながら、行けるところまでその後を追うことにした。

すると間もなく驚くべき光景を目にする。ようやく辿り着いた改札をBはスイカで通り抜けた。しかしAは切符、おまけにこともあろうかどうやら乗越清算らしく、息を荒げながらも仕方なくすぐ横の駅員改札へ向かう。しかし肝心の駅員は何やら老婆につかまっていてAはなかなか改札を抜けられない!

Bにとってはこの後怒りにまかして何をするか分からない変人Aを振り切る絶好のチャンス!あぁ!B!逃げるなら今だ!!そう思ってBの方を見ると…

なんと!一人改札を抜けたBは「やれやれ…」といわんばかりの表情で後ろを振り返りながらAのことを待っているではないか!

なんということだろう。二人の間にあったメラメラと互いを嫌悪する心、その関係は瞬時にして全く異質のものに変化してしまったようだった。少なくとも、Bは足に残る痛みから来る怒りに拳を握りしめながらAを待っていたのではなかった。Bはどこか違和感を感じながらも自分に遅れをとるAを「気遣う」という行動に至ったことは一目瞭然だった。

世の「中年」という生き物に対し嫌悪感を抱かざるを得ない光景をしばしば目にする。世の手本となってほしい人達がゴミは捨てる唾は吐く、挙句の果てにはしょーもなくキレる。この日もまたその類かと思った。今日はこんなしょーもない「中年」を見たよ、と家に帰って笑いのネタにする位の。しかしこの瞬間、JR渋谷駅中央改札をはさんで立っていた二人の「中年」は、休日の渋谷を無数に蠢くどの人間よりも人間らしく映った。

もうこの二人の後をツケる必要は無くなったと思い、私はその場を後にした。この日渋谷の立ち飲み居酒屋でバカに気の合う二人の酔っぱらいが目撃されたとか、されなかったとか。

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sakulive vol.3
■日時 5/23(土) Start 16:30
■場所 渋谷 乙(kinoto) www.kinoto.jp
■¥1000+drink¥500
*私たち「用心棒」は18:50頃出番の予定
 懐かしい80年代POPSカヴァーやります。